動画広告募集中!   
 
この欄に動画広告が掲載できます 
 
  Windows Media Player  
New York Time        Tokyo Time    
 
 
クリックすると拡大します。

【BROOKLYN】

Bay Ridge
65th Stから101st Stまでの、Western ShoreとFort Hamilton Parkwayの間に位置するベイ・リッジは、ブルックリン中で最も眺めの良い地区といわれている。メインストリートはThird AvenueとFifth Avenueで、スーパーやレストラン、ブティックなどが並ぶ。住宅は、メインストリートの店舗上階の階段ビル(エレベーターなし)は比較的家賃が手ごろ。住宅街にはエレベーター付の高級アパートもある。住人の大部分は白人。治安は比較的よく、閑静な地域だが、車上狙いなどには十分な注意が必要。地下鉄NとRラインでマンハッタンまで約50分。

Bedford-Stuyvesant
南北はAtlantic AvenueとFlushing Avenue、東西はBushwick AvenueとBedford Avenueに囲まれたブルックリン北部のエリア。住人の9割がアフリカ系アメリカン。19世紀半ばまではアフリカ系アメリカン、アイルランド系、ドイツ系、ユダヤ系、スコットランド系、オランダ系移民など、様々な人種が住んでいたが、1940年代に海軍兵器製造工場の拡大によって労働者層が街に定着し、白人が流出、不況とあいまって街はスラム化した。現在、スタイバソン・ハイツの住宅修復が進行中。美しい街路樹が魅力的な街ではあるが、治安は安定していない。地下鉄A、C、G、M、Jラインでダウンタウンまで約20分、ミッドタウンまで約30分。

Bensonhurst
65th Stから86th Stまでの、14th Avenueと、Avenue PとStillwell Avenueの交差点の間。このエリアにはイタリア系アメリカ人が代々住んでおり、独特のアクセントのある英語を話す人が多い。最近はポーランド、ロシア、ギリシャ、イスラエルからの移民も増えている。高層アパートは少なく、玄関前に階段のついた(または玄関ポーチのある)テラスハウス等が多く、街並みは街路樹がきれい。地下鉄B、M、Nラインでマンハッタンまで約1時間。

Boerum Hill
19世紀後半の著名な入植農民サイモン・ボエーラムの名前をとって名づけられたボエーラム・ヒルは、禁酒法時代にもぐり酒場のメッカであったが、現在は閑静な住宅街。東西6ブロック、南北に8ブロックの小さなエリアで、主な通りはSchermerhorn St、Wyckoff St、Smith St、Warren St, Court St、St. Mark’s Place、4th Avenue。住人が歴史的建造物の保存を積極的に推進しており、さまざまな様式の建物が並ぶ。住宅はブルックリン・ハイツと同様の優雅なブラウンストーンやテラスハウスが多い。小さな公園や庭園が点在し、State St周辺は、2年連続“ブルックリンで最も緑の多い街区コンテスト”で優勝した。地下鉄A、C、F、M、N、R、Q、W、2、3、4、5でダウンタウンまで約20分、ミッドタウンまでは約30分。

Borough Park
ボロー・パークはFort Hamilton Parkway、18th Avenue、18th St、New Utrecht Avenueに囲まれたエリアで、敬虔派および正統派ユダヤ教徒のコミュニティ。1910年頃に過密したロウワー・イーストサイドからロシア系ユダヤ教徒が流入したのがボロー・パークの起こりで、現在も30以上の宗派、300ものユダヤ教会がある。土曜日にはほとんどの住人が家でお祈りをするため、街はゴーストタウンのように静まりかえる。住宅は低層のものがほとんどだが、ビクトリア朝風様式やチューダー様式の大きな家から近代的なものまで、バラエティに富んでいる。コミュニティ意識が強く、治安は非常によい。地下鉄B、F、M、Nラインでマンハッタンまで約1時間。

Brighton Beach
コニー・アイランドとマンハッタン・ビーチの間に位置するブライトン・ビーチは、Ocean Parkway、West End Avenue、Belt Parkwayに囲まれるエリア。住人の8割近くは旧ソビエトからの移住者で、キリル文字の看板がいたるところに見られる。一角ごとに新鮮な果物と野菜を売る露店が出ている。ブライトン・ビーチ・アベニューと海岸の間には美しいPrewar(戦前築)のアパートがたくさんあり、中には新しいCo-opもある。海岸沿いには高層ビルも見られる。地下鉄D、F、Qラインでダウンタウンまでは約50分、ミッドタウンまでは約1時間。

Brooklyn Heights
ブルックリン・ハイツは、Fulton St、Atlantic Avenue、Court Stとイースト・リバーに囲まれたブルックリン最大の商業地区であり、かつ高級住宅街。イースト・リバー沿いから見るマンハッタンのスカイラインは壮観。このエリアの住宅はブラウンストーン、テラスハウス、中規模コンドミニアムが多く、家賃は高め。手ごろな物件を探すのであれば、ベースメントや店舗上階の階段アパート(エレベーターなし)などが狙い目。地下鉄A、G、F、N、R、2、3、4、5でダウンタウンまで約5分、ミッドタウンまで約15分。

Bushwick
クイーンズとの境に位置するBushwickは、ブルックリンの中で最も開発が遅れているエリアの1つ。住民の約半数は貧困所得ライン以下。住宅や公園建設などによる開発計画はあるものの、進行度合いは今ひとつ、治安の改善も著しく遅れている。地下鉄L、Mラインでマンハッタンまで約40分。

Canarsie
Ditmas Avenue、Belt Parkway、Ralph Avenue、E. 108th Stに囲まれたエリア。19世紀終わり頃までは、ドイツ移民がのんびりと漁業(主にオイスター漁)で生計を立てていた。1907年にゴールデン・シティ・アミューズメント・パークがオープンし、ニューヨークエリアからの観光客が押し寄せるようになり、さらに1920年代にはもぐり酒場が数多く出現したため、街は賑わいを見せたが、大恐慌を境に街の景気は下降線をたどった。オイスターが獲れなくなり、アミューズメント・パークが1939年に焼失し、華々しい一時代はついに終焉をむかえた。その後1950年代に造成業者が低層住宅を建てはじめると、ベビーブーム世代の家族が住み着くようになった。現存の住宅はほとんどその当時の物であり、住人は同じような庭付きの1950年代築のレンガ造りの家で、のんびりとした郊外生活を楽しんでいる。地下鉄はLが中心部を通っているが、通常は家から駅までは距離があるため、車は必需品。マンハッタンまで約1時間。

Carroll Gardens
キャロル・ガーデンズはもともとレッド・フックの一部であったが、地下鉄の路線拡大により独立した地区となった。その名の通り、庭園や公園がたくさんあり、ピクニックやスポーツを楽しめるスポットになっている。もとはイタリア系移民の街で、イタリアン・レストランが数多く残っているが、1980年代から1990年代にかけて、企業や飲食店などが進出し、マンハッタンから多くの人が移り住み、古風な雰囲気と新しいトレンドがほどよくミックスし、ユニークな街に変身した。街の雰囲気はフレンドリーで、新参者もなじみやすい。交通の便がよく、レストラン、バーなども今後ますます増えることが予想されるため、家賃も上昇傾向にある。地下鉄F、Gラインでミッドタウンまで約25分、ダウンタウンまで約15分。

Cobble Hill

Atlantic Avenue、Court St、Degraw St、Hicks Stに囲まれた、玉石(cobble)敷きの道とブラウンストーンやタウンハウスのコントラストが美しい街。住人は中級または中の上クラス、イタリアや中東の移民も多い。アトランティック・アベニューにはアンティークや家具の店、中東料理のレストランや露店がたくさんある。また、書店やレストランなどの新しい店舗も増えてきている。1870年代に立てられた美しいアパートやテラスハウスが豊富にあり、家賃は安く、治安もよい。地下鉄N、R、2、3、4ラインでダウンタウンまでは約20分、ミッドタウンまで約30分。

Coney Island
W. 37th St、Ocean Parkway、Coney Island Creek、Belt Parkwayに囲まれたエリア。1824年にビーチリゾート地として開発された。1880年代終わりにローラー・コースターで有名な遊園地ができ、多くの人が訪れたが、現在では高齢者と低所得者が多く住む、経済的に恵まれない地区である。犯罪発生率も高い。地下鉄B、D、Fラインでダウンタウンまで約50分、ミッドタウンまでは約1時間。

Crown Heights
南北をEmpire BoulevardとPark Place、東西をRutland & Sutter AvenuesとProspect Parkに囲まれたエリア。十数年前はカリブ系住人とユダヤ系住人との間の抗争が取り沙汰されたが、最近では人種間の緊張は緩和されてきている。カリブ系、ユダヤ系に加えて、西インド諸島からの移民が多く、住宅は前庭付きの低層のアパートやテラスハウスが多い。地下鉄2、3、4、5ラインでマンハッタンまで約30分。

DUMBO
ダンボは“Down Under the Manhattan Bridge Overpass”の略で、Jay StとMain St、East RiverとBrooklyn Queens Expresswayに囲まれるエリア。19世紀にはマンハッタンからのフェリーの発着所であったが、ブルックリン・ブリッジ完成後にフェリーが廃止されてからは活気を失った。1970年代に芸術家たちがこのエリアのロフトに移り住むようになり、再び注目を集めるようになった。玉石敷きの道や古い線路、住居や商業ビルに改造された倉庫などに昔の面影が残っている。地下鉄駅(FトレインのJay Street)からは多少遠いが、部屋の広さ、プライバシーを重視し、クリエイティブな雰囲気が好きな人に人気のエリア。イースト・リバーの景色もすばらしい。ダウンタウンまで約10分、ミッドタウンまで約20分。

Dyker Heights
7thから14th Avenue、65th Stからビーチまでのエリア。18世紀はじめ、Dutch Van Dyke兄弟がこのエリアを周囲の湿地から隔離し、居住地として開拓したことから、彼らの名前にちなんでDyker Heightsと名づけられた。住人の多くは労働者層で、人種はイタリア系アメリカ人が一番多いが、ロシア系、中国系、中東系も増えている。コミュニティが緊密なことから、代々この地に住むファミリーが多い。住居は車庫・庭つきの2階建ての一軒家が最も多く、クリスマスシーズンにはイルミネーションがきれいなことでも有名。エリアにはゴルフコースやビーチ・パークがある。地下鉄が通っていないため、車は必需品。

East New York
クイーンズとの南の境に位置するイースト・ニューヨークは、長い間、犯罪の温床であった。1970年代以降、市と州がそれぞれ開発地区に指定し、土地の購入や税額控除などによって事業を誘致しているが、効果が出るにはまだ時間がかかりそうである。地下鉄L、3ラインでマンハッタンまで約1時間。

Flatbush
Flatbush Avenue、Empire Boulevard、Ralph Avenue、Avenue Jに囲まれた、プロスペクト・パークの東のエリア。もともとはユダヤ系アメリカ人のコミュニティであったが、現在はカリブ系、アジア系、中央アメリカ系、ロシア系など様々な人種が暮らしている。建物もビクトリア朝風タウンハウス、モザイク仕上げの邸宅、アール・デコ調のビル、オランダ様式の家屋、レンガのバンガロー等々が混在している。地下鉄2、5ラインがこのエリアを通っているが、たいていは駅から家までかなり距離があるため、バスを利用する人が多い。ダウンタウンまで約40分、ミッドタウンまでは約50分。

Flatlands
Flatlands Avenue、Paedergat Basin、Avenue U、Flatbush Avenueに囲まれたエリア。オランダ移民が湿地と川地を開墾したエリアで、第二次世界大戦後は新しい建物はほとんど建っていない。住宅のほとんどが一世帯用の一軒家。地下鉄はA、C、3がこの地域を通っているが、たいていは駅から家までかなり距離があるため、バスを利用するか、もしくは車通勤。マリン・パークや、バードウォッチングやハイキングなどが楽しめるゲートウェイ・ナショナル・アーバン・レクリエーション・エリアがある。

Fort Greene
Willoughby & Greene Avenue、South Elliott Place、Vanderbilt Avenueに囲まれたフォート・グリーンは、アフリカ系アメリカンのコミュニティのうちで最も古いものの1つであるが、現在はさまざまな人種が住んでいる。住宅は改装済みのブラウンストーンが多い。30エーカーのフォート・グリーン・パークは市のランドマークの1つ。また、プラット・インスティテュート(美術学校)やブルックリーン・アカデミー・オブ・ミュージック(BAM)など、教育・文化施設も充実している。ブランフォード&ウィントン・マルサリス兄弟、カサンドラ・ウィルソン、ウェズリー・スナイプス、スパイク・リーらはフォート・グリーンの出身。スパイク・リーのプロダクション・カンパニーやグッズショップは、新進気鋭デザイナーのブティックと軒を並べている。文化的コミュニティ・スピリットが高いが、家賃はマンハッタンほど高くないため、アーティストやミュージシャン、学生、社会人など、あらゆる人々に人気。地下鉄Gから乗り継いでダウンタウンまで約15分、ミッドタウンまで約25分。

Greenpoint
グリーンポイントはブルックリンとクイーンズの境界に位置し、Newtown Creek、 Brooklyn-Queens Expressway、East Riverに囲まれたエリア。かつては農地であったが、19世紀には造船業と製油業が発達した。住人はポーランド系が最も多く、加えてイタリア系、ロシア系、ラテンアメリカ系など多岐にわたる。住宅は、アルミ壁板のテラスハウスが多いが、歴史的建造物保存区域には戦前築のブラウンストーンの住宅も見られる。住宅地は分散しているが、優良住宅はイースト・リバー寄りのGreenpoint AvenueからGreen St.までに多い。最近は、南のウィリアムズバーグから移住してくるアーティストや学生が増えてきたため、家賃は上昇傾向にあり、それに伴い、クイーンズへの移住を余儀なくされるポーランド系の住人が増えている。映画“スリーパーズ”、“マーシャル・ロー(原題はThe Siege)”、“フェイク(原題はDonnie Brasco)”はグリーンポイントで撮影された。地下鉄Gから乗り継いでミッドタウンまで約25分、ダウンタウンまで約35分。

Manhattan Beach
マンハッタン・ビーチはブルックリン南部に突き出た半島の東端に位置する。ブライトン・ビーチやコニー・アイランド同様、かつては海岸の避暑地であったが、ブームが去った後は、現在のような閑静な住宅地におさまった。住人の大多数はロシア系。商業施設は少なく、自然が残る。住宅は一世帯住宅が多く、アパートの建設はWest End Avenueに限られている。地下鉄Qラインでマンハッタンまで約1時間。

Midwood
ミッドウッドは、Flatbushとプロスペクト・パークの間に位置し、様々な店舗や深夜営業のレストランなどが並ぶ商店街と、玄関ポーチ付きの大きなビクトリア調の家や戦前築のアパートが並ぶ閑静な住宅街が混在する地域。アパートの間取りは広めで、家賃は比較的リーズナブル。住人はロシア系、ラテンアメリカ系、ユダヤ系、中東系が多い。地下鉄D、F、Qラインでマンハッタンまでは約30分。

Ocean Hill
1960年代の市民権運動の中心となったオーシャン・ヒルは、Bedford-Stuyvesantの東、Bushwickの南、East New Yorkの西に位置するエリア。もともとはユダヤ人が多く住んでいたが、現在はアフリカ系アメリカン、ラテンアメリカ系が多く住んでいる。緑や公園が多く、縄跳びや自転車で遊ぶ子供たちや、家の玄関先に座って話をする母親たちを見かけることも少なくない。住宅は低所得者層向けアパートやテラスハウス等が多く、家賃はかなり控えめ。治安はそれほど悪くないが、夜間の一人歩きは避けたほうがよい。地下鉄3、A、Cラインでマンハッタンまでは約50分。

Park Slope
プロスペクト・パークやブルックリン美術館の西側に位置するパーク・スロープは、その環境のよさから大変人気のある地区である。スーパーマーケットや書店、ヴィレッジにあるような喫茶店やトレンディなブティックが並ぶSeventh Avenueを超えると、庭付きのタウンハウスが並ぶ住宅街が現れる。住人は白人が多い。家賃は比較的高め。近年、Lesbian Herstory Archesがパーク・スロープに移転してきたため、レズビアン人口が増加したといわれる。地下鉄F、D、Qでマンハッタンまでは約20分。

Prospect Heights
プロスペクト・ハイツはブルックリン植物園の北東に位置する、街路樹と19世紀のブラウンストーンの住宅が美しい、こじんまりとしたエリア。ブルックリン美術館、ブルックリン図書館も近い。19世紀終盤に栄えたが、景気の後退とともに荒廃し、1960年代にはキング牧師暗殺に対する暴動が起こった。1980年代終わり頃から再び人気が出始め、建物の修復が進み、“中の上”クラスのヤッピー達が多数流入したことから、家賃は急激に上昇した。地下鉄2、3、B、Qラインでマンハッタンまで約20分。

Red Hook
レッド・フックはキャロル・ガーデンに隣接する、ニューヨーク湾に突出する半島である。1636年にオランダ人が入植してすぐに港が栄え、職を求めるヨーロッパからの移民であふれるようになった。しかし20世紀半ばのGowanus Expresswayの高架化とバッテリー・トンネルの開通を境に、荒廃の一途をたどった。1970年代には、芸術家たちが安いアトリエを求めて移り住み始めたが、交通の便が悪く、再開発は進んでいない。特に海岸沿いは荒地のままである。主な交通手段はバスで、ダウンタウンまでは約10分、ミッドタウンまでは約20分。

Sheepshead Bay
Sheepshead Bayはブライトン・ビーチのすぐ東、大西洋に面するエリア。1870年代にマンハッタンの富裕層が移住し、競馬ビジネスを始めた。20世紀に競馬が違法になった後は、カー・レース場“Sheepshead Speedway”として営業を始めたが振るわず、1919年には住宅地として再開発された。1950年代にBeltway Parkwayが開通してからは、ミドル・クラス世帯がコンスタントに住み着くようになった。桟橋付近では30ドル程度でフィッシング・ボートやヨット等を借りることができ、また屋台や素朴なレストランでシーフードを楽しむことができる。近年このエリアに移り住む人々が増えつつあり、家賃は上昇傾向にある。地下鉄B、Qラインでマンハッタンまで約50分。

Sunset Park
サンセット・パークは、19世紀にアイルランド系の移民が入植し、1880年代にはポーランドからの移民がThird Avenueから20丁目の辺りに定住し、そのすぐ後にはスカンジナビアからの移民が45丁目から60丁目の“リトル・ノルウェイ”と呼ばれる地域にコミュニティを形成した。第二次世界大戦以後はプエルトリコ人がこの地に移り住み、1980年代には中国系移民が大勢到着し、チャイナタウンを形成した。このエリアの住宅は、テラスハウスや戦前築のアパート、低所得者向け住宅等が主で、家賃は控えめ。エリア名の由来である“サンセット・パーク”は、25エーカーの芝の公園で、バレーボール・コートやハンドボール・コートなどがある。地下鉄N、Rラインでマンハッタンまで約30分。

Williamsburg
ウィリアムズバーグはウィリアムズバーグ・ブリッジのたもとに位置し、西はイースト・リバー、東側はクイーンズとの境に面する。19世紀半ばには農場が多くあったが、1825年にエリー運河が開通してからは港が栄え、湾岸労働者が多く住むようになった。1930年代にはナチスの迫害を逃れてきたユダヤ系移民が多く住んでいたことでも知られる。1954年にBrooklyn-Queens Expresswayがエリアの中心を横切る形になった際、多くの世帯が退去を余儀なくされ、街は廃れたが、1980年代にはアーティスト達がロフトをアトリエ兼住居に改造して住み始め、レストラン、クラブ、カフェ、ギャラリー、古着屋などがひっきりなしにオープンするようになった。それにより人気は再び上昇し、家賃も高騰した。ニューヨークで一番有名なステーキハウスがある。地下鉄L、Gラインでマンハッタンまで約10分。

Windsor Terrace
ウィンザー・テラスはプロスペクト・パークとグリーンウッド墓地の間の住宅地。近隣のパーク・スロープ等の家賃の高騰により、移り住んでくる人が増えたが、代々住んでいる世帯も多く、子供達が昔ながらの遊び(ハンドボールや石蹴り)をしたり、歩道にチョークで落書きをしている姿が見られる。庭付のレンガ造りの戸建が多く、Condoでも庭や子供の遊び場のあるものが多く見られる。地下鉄Fラインでマンハッタンまで約30分。
 
   
 
Copyright © 2004 Inoue Realty All rights reserved.
NY OFFICE: 60 EAST 42ND STREET, SUITE 529, NEW YORK, NY 10165
TEL: (212) 949-7007 FAX: (212) 949-7878 EMAIL:
sales@inouefudosan.com
TOKYO OFFICE: 2-13-20-502, GINZA, CHUO-KU, TOKYO 104-8127
TEL: (03) 3496-3260 FAX: (03) 3780-3124