47. EAST VILLAGE
E. 14th StからE. Houston Stの間、3rd AvenueおよびBowery Avenueの東のエリア。イースト・ビレッジの名前の由来は、60年代に家賃等が多少高いグリニッジ・ビレッジから、ヒッピーがこのエリアへ移住してきたことにあり、ボヘミアン風の雰囲気が漂う街である。音楽や芸術関係の店舗が多くある。Avenue
AからDのあたりは、“アルファベット・シティ”とも呼ばれ、Avenue AとBの間、E. 7th StとE 10th Stの間にはトンプキン・スクエア・パークがある。
48. ASTOR PLACE & ENVIRONS
ASTOR PLACE & ENVIRONSは、E. 14th StとE. 8th Stの間、3rd AvenueとBroadwayに囲まれたエリア。地名は19世紀に毛皮ビジネスで財をなした、ドイツ系移民のジョン・ジェイコブ・アスターに由来する。店舗やレストラン、劇場などが多く、なかでもスタイリッシュなヘアカットを、低料金ですばやく仕上げる“アスター・プレイス・ヘアー・デザイナーズ”は有名。また、Lafayette
Stの広場にある大きな黒い立方体のオブジェは、近くの劇場へ行く人々の待ち合わせなどに使われる。
49. NOHO
NOHOは“North of Houston Street”の略で、E. 8th StとE. Houston Stの間、Bowery
AvenueとLafayette Stに囲まれたエリア。1830年代に富裕層が当時の最新スタイルの住居を建てはじめ、1850年代までには印刷業やエンターテインメントなど、様々なビジネスがこのエリアに参入した。現在のNOHOは、流行のブティックやレストラン、アンティーク・ショップ、また、著名人が多く住んでいることでも知られる。住居はゆったりとしたスペースのロフトが多い。
50. GREENWICH VILLAGE
グリニッジ・ビレッジはW. Houston St.と14th Stの間、ブロードウェイの西側。かつてエドガー・アラン・ポーやオー・ヘンリー、マーク・トウェイン、ノーマン・ロックウェルなどが住んだことで知られる。19世紀に建てられたアパートやタウンハウスが入り組んだ通りに面して並び、ワシントン・スクエアの他にも、いたるところに小さな公園がある。ヨーロッパスタイルのカフェやレストラン、シックなブティック、劇場、書店、バーなどが多い。
51. MEAT MARKET
14th St とW. 12th Stの間、9th Avenueの西側。かつては生肉市場、生肉加工場などがひしめいていた地域であったが、現在はデザイナーショップなどファッショナブルな店舗や、流行のナイトクラブなどが並ぶエリアとなっている。近年のエリアの変遷に伴い、ちょっとしたホテルの建設ラッシュが起こっており、今後が注目されている。住居はスペースの広いロフトが多いのが特徴だが、人気があるため家賃は高い。
52. WEST VILLAGE
Leroy StからLittle W 12th St、Avenue of the Americaの西側。19世紀初期に建てられた美しいブラウンストーンや、歴史的建造物が数多く残り、落ち着いた雰囲気の街。住居はタウンハウス、コンドミニアムなど様々だが、人気が高いため、家賃は高い。
53. LOWER EAST SIDE
E. Houston StからFulton Stまでの、Bowerの東側エリア。19世紀終わり、宗教上の迫害と貧困を逃れて、イタリア人や中国人、ユダヤ人らがこの地に移り住んだ。女性や子供は縫製工場、男性は葉巻工場などで、ひどい労働条件下で働いていたが、1900年と1910年のストライキにより、状況は徐々に改善されていった。Orchard
Stの“Tenement Museum”では、当時のこの地域の人々の生活の様子を見ることができる。現在はヒスパニック、インド系、アジア系を中心に、様々な人種が住んでおり、様々な文化がモザイクのように交じり合っている。また、住人にはアーティストやミュージシャンも多く、天気のよい日には、川縁で絵を書く人や、楽器を演奏する人が見られる。“God
Bless America”を作曲したIrving Berlinや、ロバート・デニーロなどは、ここの出身である。
住居は、一般的に部屋が狭く、あまりコンディションのよくないものが多いため、家賃はマンハッタンの他のエリアに比べると控えめ。レストランや娯楽、ショッピングには事欠かない。
54. BOWERY
E. Houston StからCanal Stまでの、Bowery近辺のエリア。かつては浮浪者が多く、どや街のようであったが、厨房備品や照明器具の流通の中心地となっている。
55. LITTLE ITALY
E. Houston St、Broadway、Mulberry St、Canal Stに囲まれたエリア。19世紀中ごろにイタリア移民がこの地域に一大コミュニティを作ったが、いまではMulberry
StとGrand Stの交差点あたりに当時をしのばせるレストランなどが集約されている。Prince St以北のノリータ(North
of Little Italy)と呼ばれる地域は、ヨーロッパ風ベーカリーやレストラン、その他のスタイリッシュな店舗が家賃の高いソーホーから流出してきたため、俳優、モデル、芸術家などの住む、流行に敏感な地域になっている。
56. SOHO
ソーホーは“South of Houston”の略で、Houston StとCanal St の間、ブロードウェイの西側。かつては倉庫街であり、アーティストやデザイナーなどが作業場と住居を兼ねて、倉庫を改造したロフトに住むようになったことから、ソーホーは芸術のメッカとなった。現在はアート・ギャラリーの他、レストラン、デザイナーズ・ブティック、美術館の支部等がある。ソーホーのビルは6階建ての“キャスト・アイアン”と呼ばれる、19世紀に建てられた鋳鉄製のものが多く、天井が高く、大きい一枚ガラスの窓が特徴。文化芸術の香り高い地域性が人気を呼び、家賃がつり上がったため、現在は著名人や企業のエグゼクティブなども多く住むようになった。
57. CHINA TOWN
東西はAllen Stとブロードウェイ、南北はKenmare & Delancey StとEast Broadway and
Worth Stに囲まれたエリアは、アメリカ一大きなチャイナタウンである。多数の中華料理店、マーケット、露店などがひしめいている他、孔子の像やMuseum
of Chinese in the Americasなどがある。
58. TRIBECA
トライベッカとはTriangle Below Canalの略で、Canal StからChambers Stあたりまでの、ブロードウェイの西側のエリア。かつては倉庫街で、ソーホーなどと同様、アーティストやデザイナーなどが作業場と住居を兼ねて、倉庫を改造したロフトに住むようになった。第二のソーホーとして目をつけた裕福なニューヨーカーが、レストランなどをオープンさせたことにより、瞬く間にトレンディ・スポットとなった。ロバート・デニーロはこのエリアのレストランのオーナーであり、自らもここに住んでいる。他にハーベイ・カイテル、また故ジョン・ケネディJr.もここに住んでいた。レストランやブティックだけでなく、優秀な学校もある。住宅は、戦前築の高層工場ビルや、戦後築の高級コンドミニアム、新築の高層マンション群など様々であるが、作りの広いものが多く、家賃は高い。
59. CIVIC CENTER
Canal StとVesey & Fulton Stの間、Park Rowの西側あたりのエリア。シティ・ホールや郡庁舎、政府関連オフィス、高層コンドミニアム、商業倉庫などが混在し、様々な人種が住んでいる。歴史的建造物も数多くある。
60. BATTERY PARK CITY
Chambers Stの北、West Stの西側エリア。1976年に完成した92エーカーの埋立地には、他の地区にあるようなブラウンストーンの古い建物等はなく、すべてが近代的な高層ビルである。そのほとんどがウォール街で働く人々の家族向け物件で、ジム、レストラン、インドアのテニスコートやラケットボール・コートなどが整ったものが多い。他の地区から多少離れているため、バッテリー・パークのライフ・スタイルは、一種独特の郊外型のものとなっており、スーパーマーケットなどのあるショッピング・エリアが完備されている。また、バッテリー・パークやその他のハドソン川沿いの公園からの眺めは抜群である。
61. FINANCIAL DISTRICT
Fulton Stの北、West Stの東側のエリア。ウォール街の入り口に建つ1846年築のトリニティ教会、ニューヨーク証券取引場、ジョージ・ワシントンの大統領就任式が行われたフェデラル・ホールなどがある。このエリアのほとんどのビルは高層オフィスビルで、平日はオフィスで働く人々で賑わうが、週末はひっそりとする。そのため、レストランなどは平日午後6時に閉店し、週末は休業するところが多い。住居は、タウンハウスや階段式アパートなどは皆無で、フルサービスの高層アパートが多く、高価である。